関戸哲也BLOG

名古屋を拠点に活動する劇作家・演出家・俳優関戸哲也のブログ
<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

スポンサーサイト

0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    - | permalink | - | -

    シン・ゴジラ

    0
      色々書いちゃってます。
      未見の方はお気をつけください

      シン・ゴジラ。

      大阪組の熱狂の度合いがすさまじく、札幌、三重で話題に乗り遅れないようにと、 小学校高学年的な理由も込みでギリギリ見に行く。
      確かにもう一度二度みたくなる映画。
      熱狂する理由もわかる。
      あんだけ顔のアップを意識したのは羊たちの沈黙以来か。すげえ迫力。感想をなるべくネタバレしないように書きたいと思います。

      まずは何と言ってもここまでキチンと日本の真ん中に踏み込んだ作品も無いだろうと思う。もはや、才能うんぬんではなく、胆力とでもいうものの差じゃないかと思う。
      だって僕自身、僕ら小劇場なんてところの人間達は作品を作る時に殆どなんの規制も無いはずなのが、やれて、原発問題においてさえ、匂わす程度のことしかやったり、みたりできていないって認識でいる。
      やはりアンタッチャブルなというか、裸にはなれても原発問題や核の問題を真正面からは触れられないというか。

      それが、あんだけ大がかりて様々な規制が考えられるのに、正にゴジラのごとき一歩で今の日本っていう時代で描くべき表現の核のようなものを踏み抜いてる。そんな印象である。
      しかもゴジラである。様々な作品が試され、アメリカにおいては爬虫類のバケモノにメタモルフォーゼさせられたゴジラ。つまり、ゴジラというキャラクターに色がつき過ぎたと言っても過言ではない感じなのに、キチンと鬼神の風格が備わってる。早い話がゴジラって存在をちゃんと恐ろしく感じられたということ。 これ、やり尽くされたキャラクターでって考えると余程のことなんだろうと思う。

      胆力で言うと、ここへきて東京を破壊させるのがすごい。
      何十万、何百万って犠牲者だろう。
      絶対に道義的なブレーキを考えたはずだ。
      それをクリエイターの覚悟で背負う監督の胆力だろう。
      考えなしに大量の人を殺してしまうような映画とは訳が違うと思う。
      間口の広い娯楽映画なのに、厳かな気分になるし、怪獣映画なのに対象がはっきりと青年以上。
      正に、叩きつけられるような映画だった。
      あと、本多猪四郎の「ゴジラ」もそうだったけど、危機の中でちゃんと誘導する人に泣ける。
      最後まで残って誘導するんだろうなーって日本人に感動する。
      この「誘導する人々」は新旧、日本のゴジラ映画の誇りと思う。
      シン・ゴジラにも残ってて良かった。
      - | permalink | comments(1) | -